『殺し屋の営業術』は、殺し屋の話ではなく営業の教科書でした
はじめに
こんにちは、kittchyです。
本を選ぶのが下手です。書店の平台で立ち止まっても、帯の文句はどれも面白そうに見えるので、結局どれも買わずに帰ってきます。
そんな自分がいちばん動かされるのは、知っている人の「面白かった」の一言だったりします。今回もそれで、Xで会社の人が『殺し屋の営業術』を面白かったと呟いているのを見て、その流れで買っていました。読んだのは2026年の5月ごろです。
野宮有さんの長編で、第71回の江戸川乱歩賞を受賞した作品です。2026年の本屋大賞では6位に入っています。
先に断っておくと、この記事はネタバレを2割くらいに抑えます。物語の入り口と、終盤がどんな手触りだったかまでは書きますが、そこで何が起きるかには触れません。
命がけの営業から始まる話です
凄腕の営業マンである鳥井一樹が、二人の殺し屋に出くわして、殺される流れになります。そこで鳥井は、殺し屋たちの勤め先である殺人請負会社が経営難で、2週間のうちに2億円を返さないと潰れることを見抜き、「その問題を解決できるのは自分だけです」と自分自身を売り込みにかかります。
タイトルのままの本です。あらすじはここまでにします。
意外と、本当に営業術の解説が多いです
タイトルは掴みで、中身は殺し屋のエンタメだろうと思って開いたのですが、読んでみたら逆でした。
鳥井の営業トークがピカイチに面白いのはもちろんとして、営業術そのものの解説が、思っていたよりずっと多く入ってきます。断られたら殺されるので一言の重さが普通の商談と違いますし、殺し屋の小説のつもりで買ったのに、営業の面白い話をずっと聞かされている感覚でした。
そもそも、殺し屋に営業側があるなんて考えたこともありませんでした。殺し屋といえば依頼を受けて動く人で、その仕事をどう売るのかという話は自分の中に無かったんです。売り物が売り物なので、断り文句も値段の付け方も普通の商材とは違っていて、読んでいて新しい感覚でした。
とはいえ、自分は営業をやったことがないので、たぶん知った気になっているだけです。読んで分かった気になるのと、実際に人に売るのはまったく別ですよね。それでも、知らない仕事の話をここまで面白く聞けたのは確かです。
それでも一番残ったのは、殺しの描写でした
教科書として読める本だ、という話をしておいてなんですが、読み終わってから思い返すと、頭に残っているのは人を殺す場面のほうでした。とにかく生々しいんです。
当たり前ですが、自分は人が殺される場面を見たことがありません。それなのに読んでいる間はその場が想像できてしまって、見たことがないものが頭の中に立ち上がってくる感覚に、素直に感動しました。
強いのに、人間の心が残っている
生々しさの正体は、血の量ではないと思っています。
人を殺す場面に立っている人物はメンタルが強くて、手が震えて動けなくなったりはしません。それでも人間の心が消えているわけではなくて、その強さと、残ってしまっている心との葛藤から、死への意識が滲んできます。
この「死を意識している感じ」が、文章からとても伝わってきました。淡々と進んでいる場面ほどそうで、だから見たことがないはずの光景を想像できてしまったのだと思います。
殺す側をひたすら強い人物として書くだけなら、ここまで残らなかったはずです。強いままで人間の心を持たせているところが、この本のいちばん怖い部分でした。
終盤の頭脳戦がかなり熱い
ここから少しだけ手触りの話をします。何が起きるかは書きません。
終盤は頭脳戦になって、これがかなり熱いです。読みながら思い出していたのはVIVANTで、相手の手を読んで、読まれていることまで織り込んで打ち返す、あの応酬の感じが近いです。
営業の解説を面白く読んでいたつもりが、最後にこの温度まで連れていかれるとは思っていませんでした。
最後に
殺し屋の小説として読み始めて、営業の教科書として読み終えて、それでも覚えているのは死の手触りでした。Xで見かけた一言で買った本にしては、遠くまで来た感じがします。
続編の『殺し屋の出世術』が2026年7月29日に出ています。今度は殺人請負会社の営業マンになった鳥井が、社内営業と出世レースに巻き込まれる話らしいので、次はこれを読みます。
それでは。